悪意のあるコメントはそっとスルーするに限る。

ブログを運営しているといろいろな人からコメントを頂くことになります。

→ コメントの立ち位置を今一度考える。

ほとんどは記事に対する同意や感謝など好意的なコメントです。

が、中には明らかな悪意のあるコメントがくることがあります。それゆえにブログの運営をやめてしまった人も多いのではないでしょうか?

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悪意のあるコメントが来たら。

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いろいろな形でブログを運営し、10年近く経とうとしています。

その中でもちろん、悪意のあるコメントを受けたことはあります。恐らくブログを運営している人なら多かれ少なかれ経験しているのではないでしょうか?

ブログを始めた30代の初めごろはそれらのコメントに一々傷ついては落ち込んでいました。 その結果、コメントを受け付けない期間を作ったり、もしくはコメントそのものを受け付けないブログを作ったりしました。

まぁ、いわば悪意のあるコメントが治まるまで待とう、みたいな感じで落ち着いた頃にまたコメントを受け付けたりして・・・それでも、また別の悪意のあるコメントがくる・・・そんなイタチごっこを繰り返していました。

そうすると次第に悪意のあるコメントに慣れてきました(笑)。

今は記事そのものや管理人であるわたしに対する悪意は割と平然とスルー出来るようになり、該当コメントをサクッと削除するなり、サクッとスパムに登録をしたり、としています。

また来たら同じことをすることだけ。

そうやって、ここ数年は過ごしています。すると、今度は悪意のあるコメントが減ってきました。笑

多分、管理人が反応すると相手もますますコメントを残してくるのではないか?と思っています。なので、悪意のあるコメントがきたら、サクッと削除。これに限ります。

それで済まない時は別の話になると思いますが、大概はこれで済むような気がします。そして、誰か身近な人とそのコメントについて笑い飛ばしましょう!それでぽいっ!です。わたしは主人に話しています。

悪意のあるコメントとは。

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あくまでもわたしの経験によりますが、悪意のあるコメントは下記の2種類に分かれると思います。

  • ブログ記事や管理人に対する悪意
  • 社会や置かれている状況に対する不満をぶつける悪意

ブログ記事や管理人に対する悪意。

ひとつめのブログ記事や管理人に対する悪意は非常に分かりやすい悪意です。

わたしが書いた記事、もしくはわたしが日ごろから綴っている内容が何か勘に触ったのでしょう。個人的に攻撃を仕掛けてこられます。

が、これはわたしが傷つく、傷つかない以前にその悪意が理性あるものか、妥当なものかを考えて、自分なりに処理すれば済む話。

これらのコメントにより、新しい考えや新しい見方がわたしの中で生まれることもあります。自分が非常に偏った考えをしていたんだ!と恥ずかしくなるような。そういう参考になる、悪意のあるコメントも間々あります。

まぁ、でも、基本的に攻撃を仕掛けられているのが分かるので、あんまりいい気はしなかったりしますが、「あ、そういう考え方もあるね」とサクッと脳内処理するに限ります。

問題は二つ目の方ですね。

社会や置かれている状況に対する不満をぶつける悪意。

相手が置かれている状況などは知りませんが、恐らく何らかの憂さ晴らしを他者への攻撃という形でうっぷん晴らしをされているのでしょう、恐らく。

それをわたしにぶつけられても・・・という感じです。

なのでサクッと削除をします。これは下手に反応すると連鎖反応を生むことがあるので。若き日のわたしはいちいち丁寧に対応していましたが、いつまでもいつまでも終わりなく続く場合があります。

その場合はコメント欄を一時的に閉じるのも手。もしくは各ブログサービスに乗っ取り、コメント拒否設定をするのがオススメ。「使っているブログサービス名 コメント拒否」とでも検索をすれば、コメント拒否の仕方を書いたページが見つかるでしょう。

そして、落ち着いた頃にまたコメント欄を再会するのもありかもしれませんね。

これらのコメントに悩むのは時間の無駄。

対処できる方法で機械的に対処するだけでいいと思います。

匿名性というネット社会。

イメージ画像 パソコンキーボード
これらの悪意のあるコメントは匿名性というネット社会が生み出したものなのでしょうか。

それにしてもわたしが子供の頃にはインターネットに触れることは容易ではなく、20歳を超えてから初めてインターネット社会に触れました。今、思うとそれ自体なんて幸運なことだったのだろう、と思っています。

曲がりになりにも大人になってからインターネットに触れることができ、かつ、その世界に容易に馴染むことのできる年齢だったことを。

が、今の子供たちは違います。

生まれた時からネットに親しみ、わたしには理解できないオンラインゲームに親しみ、SNSに親しみ・・・と見知らぬネット上の他者と触れ合う機会も多いでしょう。そして、それに伴い、悪意のあるコメントに触れる機会も多いのではないでしょうか?

大人のわたしでも傷ついた悪意。子どもたちはどのように受け止めているのだろうか?と思うと空恐ろしい気持ちになります。

どうぞ悩まないで周囲の大人に相談をし、同時に周囲の大人がその悩みに適正に対処できるといいのですが。。。

つくづく、わたしの子供の頃、インターネットに接続するのが容易じゃなくてよかった!とシミジミと思います。

〔参考〕改めて読むと『武器としての書く技術』はいい本だよねーと思った件。

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